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3/18(土)からの『ミューズは溺れない』公開を記念し、上映館のポレポレ東中野で座談会を開きました。

ゲストとしてご参加いただいたのは、TAMA NEW WAVEディレクターの宮崎洋平さん、田辺・弁慶映画祭特別審査員の松崎健夫さん。それぞれに独自の歴史をもつ両映画祭で共にグランプリ受賞という快挙を遂げたのが、『ミューズは溺れない』でした。

淺雄望監督、劇場スタッフの小原治を交えた4者による座談会は話が多岐に渡り、社会における映画の必要性や、淺雄監督が一度は失いかけた映画への情熱を取り戻すきっかけとなったある人の言葉など、本作に宿る力を多彩にひらいていく場となりました。  ※記事では具体的な描写への言及なども含まれています。

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小原:今日はそれぞれの映画祭を代表して来ていただきました。映画祭の特徴とご自身の関わりについてお聞かせ下さい。

 

松崎:田辺・弁慶映画祭(以下、田辺・弁慶)はまだ劇場公開などがされていない30分以上の長編映画というくくりで、自主映画や学生映画を中心に作品を募集しています。僕は特別審査員という立場でコンペ作品の審査を行っています。

一番の特徴は、グランプリや各賞に輝いた作品は「田辺・弁慶映画祭セレクション(以下、弁セレ)」と題し、テアトル新宿とシネ・リーブル梅田で期間限定で劇場公開することです。賞をあげて終わりじゃなく、その後も受賞監督たちと付き合って弁セレに向けて興行のレクチャーもやっていきます。

宮崎:TAMA NEW WAVE(以下、TAMA)は映画祭TAMA CINEMA FORUM内のプログラムとして2000年に第一回が始まりました。「日本映画界に新風を送り込む才能の発掘」を目的とした中・長編のコンペティションで、私は2008年から参加し、今はディレクターを務めています。

TAMAの特徴は、実行委員会が映画のプロというわけではなく、映画が好きな人たちが集まった市民ボランティアで運営しているということです。グランプリの選考も一般審査員を募り、「これだ」と思った作品に投票してもらいます。一番面白かった作品を観客目線で選んでもらうのが特徴です。

小原:それぞれに歴史がある映画祭ですが、TAMAと田辺・弁慶でグランプリが同じだったことは過去にあるんですか?

宮崎:ないです。初めてだと思います。

松崎:すごい。

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(※両映画祭でグランプリが同じだったのは2021年の『ミューズは溺れない』が初。続く2022年には大西諒監督『はこぶね』も同様の快挙)

 

小原:僕も他の映画祭で長年予備審査員を務めていたから分かるけど、映画祭が違うと審査する人も違うし、そうなると審査基準も決して同じではない。そんな別々の映画祭でグランプリに選ばれるって、ほんと素晴らしいことですよ。

宮崎:TAMAは実行委員が一般の人なので、映画の良し悪しの議論になると説明の上手い人がどうしても有利になるけど、説明が決して得意ではなくてもその人が「面白い」と言う映画であれば、それを世間に発表していくことが大切だと思っています。実行委員は下は学生から上は80代までいるんですけど、『ミューズは溺れない』(以下、『ミューズ』)は年代問わず、性別問わず、属性問わず、「面白い」という声が本当に多かった。

 

淺雄:両映画祭から入選のお知らせをいただくまでは不安がありました。10代の感性を掘り起こしながら作ったところもあったので、成熟した大人の方からしたら狭い世界の子供のはなしで、社会に目を向けた映画になっていないと思われてしまうのではないかと。でも、幅広い年代の方々に面白いと思ってもらえたんだと分かり、嬉しさと驚きがあります。

 

宮崎:特に若い人が言っていたのは、「恋愛じゃない関係性を描いてくれたのが凄くいい」と。具体的にいいところとして、そこを挙げる人が多かったです。

淺雄:企画段階では「恋愛関係にならない曖昧な関係性をいくら描いたとて映画にならないのでは?」と言われて私が自信を失ってしまって、制作が頓挫しかけた事もありました。でも、観た方がその部分を「いい」と言って下さったと今聞いて、改めて挑戦してよかったなと思います。

松崎:田辺・弁慶でも観客賞を獲ってるんですよ。和歌山県の田辺市に住んでいる人たちが見て一番良かったと言っているのも、やっぱり普遍的な何かがあったからだと思います。淺雄さんが考えている以上に観客のみなさんはこの映画の魅力を受け取っている。

小原:僕も今回は審査員としてではなく観客として『ミューズ』と出会いました。テアトル新宿の弁セレに客として見に行って。そしたらとても面白くて。豊潤な劇場体験でした。だから2日後にもう一回見に行ったんです。それがきっかけで淺雄さんともやりとりして、今度は自主配給でポレポレ東中野で上映することになりました。これは自主映画ではあるけど、映画館で楽しむ映画としての魅力が先ずある。

松崎:廃れゆく地方都市や血縁関係に依らない家族関係など、今世界的にも描かれている題材が多角的に織り込まれていて、審査でもそこが評価されていました。一見青春映画のように見えるけど、表層的な作品の持つイメージの向こう側、もうちょっと深いところに作品の本質があると思う。

宮崎:表層的ではないということで言うと、この作品に関しては「LGBTもの」みたいな言い方もなかった。登場人物それぞれのドラマに魅せられたので、テーマ先行型の映画とも思わなかった。

淺雄:それでいうと、当時の気持ちを今だからこそ言えるのですが(笑)、2つの映画祭から入選の知らせをいただいたことを関係者に報告したら、いや嘘だと。この『ミューズ』が映画祭でちゃんと評価されるわけがない、きっとLGBT枠みたいなものがあって、それをテーマにした作品を映画祭が一定数選ばなきゃいけない決まりがあるんだと・・・。

松崎:ないないない(笑)。

淺雄:あとはジェンダーバランスを考えて、女性監督の作品を何本か入れなきゃいけなくて、だから『ミューズ』が選ばれたんじゃないの?とさんざん言われていました。

宮崎:それはないですね。

淺雄:今更ながら安心しました(笑)。それに付随して伺いたいのですが、TAMAのエントリーシートには「男性・女性」に加え「回答しない」といった選択肢もあって、私はそれが嬉しかったんです。ジェンダーバランスで選ばれるのは嫌だなと思っていたので、私は「回答しない」で出しました。あれはいつから導入されたんですか?

宮崎:2019年の募集から変更していました。回答欄を変更した結果、男性・女性とは別の選択肢を選んで応募される方もいるので、変更してよかったなと感じています。

松崎:田辺・弁慶も、ここ数年の社会の流れに従って、第16回から<非公開>を含む複数の選択肢で回答できるように変更されました。

 

松崎:ファーストショットが真っ白で、クレジットでも入るのかなと思ったらいきなりペン先で線を引き始める。クロースアップで。こんなファーストショット見たことない。最初からだれてしまう映画もあるけど、ミューズは最初のショットでもう忘れられない。絶対最後まで刮目してやれ!という気持ちになった。

 

淺雄:そう言っていただけて感無量です。私は映画のファーストショットの意味が後からわかってくるような作品がとても好きなので、本作でも特に大切にしたいと考えていました。

 

 

松崎:淺雄さんが映画祭の舞台挨拶で「LGBTQ +といったセクシュアリティは本来簡単に線引きできるものではなく、グラデーションに満ちている」とおっしゃっていた。線引きしたことで軋轢が生まれるということが、コロナ禍でもいろいろあったじゃないですか。LGBTQ +だけの問題じゃなく、人種の問題とか。

でも線というのは勝手に引くものだから、明確な線なんてないんじゃないかと淺雄さんは言っていて。その言葉に大変感銘を受けたし、この映画のテーマもまさにそれで。

 

だから最初のファーストショットも線なんだ!って。線を重ねていくことが劇中の人物造形との対比にもなっている。映画で描こうとすることに対して、台詞で説明するのではなく、視覚的にどう表現すればいいのか、その話法に凄く長けている。

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小原:朔子が髪を後ろで束ねたりするだけでも別のアウトラインが現れるじゃないですか。どんな映画にもそんな変化はあるけど、『ミューズ』は肖像画についての映画でもあるので、その人らしさが思ってもみない形で画面に現れると、その人を主人公にしているこの映画自体もどんどんフレッシュになっていく。その鮮度が面白い。

 

宮崎:同一人物でもいろんな面が見えてくるのが凄くいい。朔子が作る船って要はサンプリングじゃないですか。あるものが作り直され、新しい形になりながら、未来に向かっていく。物作りとストーリーが一致していて凄い!と改めて思いました。

 

小原:上原さんと共に朔子像を作っていくうえで大切にしたことは?

 

 

淺雄:とくに大切にしたのは、身体の動きでした。上原さんのお芝居を見て、朔子は頭で理解するよりも先に身体が動いてしまう人なんじゃないかと、ものすごく納得させられたんです。整理しきれない感情が、朔子の身体から溢れ出る。そういうことを、上原さんの身体の動き、生命力みたいなものを通して映画的な言語で語れるんじゃないかと思って、いろんな動きを試してもらいました。

 

 

小原:TAMAでは上原さんがベスト女優賞、田辺・弁慶では若杉さんが俳優賞ですね。それぞれの映画祭で俳優賞が別々って滅多にないけど、これは『ミューズ』のエッセンスがちゃんと伝わった証のような気もします。

 

 

宮崎:TAMAの俳優賞は各作品でノミネート枠が男女各1名なので、『ミューズ』はそこがもどかしかった。上原さんも若杉さんもノミネートしたいと思っても、それをすると票が分散して受賞から遠退いてしまう場合もある。このやり方も今後は考えていきたいと思っています。

松崎:田辺・弁慶も映画祭の審査ルールがあるので、審査会議の場でもどちらを選ぶかで話が割れたけど、『ミューズ』はこの2人がいるからこその相乗効果、アンサンブルだから、僕は2人で1つの俳優賞がいいんじゃないかとも提案しました。

 

淺雄:二人のお芝居を評価していただけた事はとても嬉しかったです。本作では、主人公の朔子はもちろんですが、西原も難しい役どころで・・・この映画は西原役が見つけられないと始められないとさえ思っていました。偶然見たオーディション動画で若杉さんの存在を知り、ご自身のセクシュアリティについて語られた過去のインタビュー記事を読んだのですが、一見すると身体が細くてか弱そうで、でも強さも秘めていて、ミステリアスで。さらに、絵を描くことが得意ということで、運命すら感じました。

 

 

小原:若杉さんとの共同作業はいかがでしたか?

 

 

淺雄:本作で描きたいテーマをじっくり話して、西原というキャラクターに責任をもって演じて下さるという意思を感じて信頼してお任せしました。私が第一印象で感じた若杉さんのキャラクターを西原に盛り込みながら、若杉さんご本人に寄せていきたいと思ってシナリオを改訂していったんですけど、私の気持ちも乗っかっていたので、若杉さんに「(西原は)私じゃなくて監督じゃん」って言われたこともありました(笑)。

 

宮崎:最初、朔子と西原の目が合うシーンで音が消えて、そこから視線の交じり合いが最後まで続く。階段と踊り場の高低差がある中で視線を交わしたり、いろんな経験を経た後で「描く/描かれる」の関係性になって見つめ合う。上原さんの強さと繊細さ、それとはまたタイプの違う若杉さんの強さと繊細さが、行ったり来たりするのが凄く面白かった。

 

 

淺雄:朔子と西原の2人は、身長も違うし、一見すると対照的に見えるからこそ、視線が交わる瞬間や、高低差を大切にしました。美術室で椅子に座って向き合ったときに2人の視点の高さが一緒になるんですけど、そこに向かうために逆算のような形で、階段のシーンでの上下の動きを足しました。2人の視線の方向や高さが変わる度に2人の関係性が変わったことを視覚的に表現したいという思いが常にあったと思います。

 

 

松崎:視線が凄く印象的。なぜ印象的になるかというと、2人は台詞劇もやっているんだけど、それ以上に眼差しがモノを言うから、心の中で裏腹なことを言っているのが分かる。これは先ほど言った「表層の向こう側」とも関連してくることであって。2人の演技も、観客がこの映画の中から芳醇な情報を察知する要因になっている。

小原:森田さん演じる栄美がこのドラマには非常に重要な存在ですよね。

宮崎:2人の間に「いわゆる普通の人」が入った時、その普通も普通じゃなくなる。グラデーションのお話がありましたけど、それぞれの悩みが等しく別々であるということが栄美が入ることでしっかりと現れてくる。

松崎:映画の中でいろんなことが行われているけど、物事の判断基準の中間点が常に栄美。時に栄美は2人のことを理解しないから悪役のように見えるかもしれないけど、実際自分があの場にいたら栄美の立場になると思う。彼女の配置は見事ですね。

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淺雄:ただ、栄美のキャラクターはその配置ゆえに悩ましいところもあって・・・栄美が西原に「レズビアンなの?」と聞くシーンがあります。シナリオを書き始めたのが2012年で、当時はレズビアンよりも「レズ」の方がよく聞く言葉でしたが、相手に対して「レズ」と呼びかける際にはちょっと差別的なニュアンスが入っていると感じていたので、あえて「レズビアン」にしました。栄美にも相手を配慮する気持ちがあるからです。

とはいえ、2019年の撮影当時はアウティングへの問題意識も高まり始めた頃だったので、このセリフそのものに難しい判断がありました。そこから公開まで更に時間が経ってしまったので、その間にLGBTQ +に対する受け入れられ方に変化が生じていく中で、2023年の今、栄美のセリフはあまりにも暴力的に響くのではないかという懸念はあります。

松崎:ここ数年、社会的な理解は急激に変化していて、1年経つと映画の登場人物の考え方や言葉の使い方が「古い」と言われる可能性もある。良く言えば、それぐらい物事の考え方を変えていく人が増えているということだけど、映画を作る側としてはそこが凄く繊細になっているのかもしれない。

小原:淺雄さんの懸念を聞いていたので、今回のポレポレでの上映では何かしらの形で編集してもいいのでは?と選択肢の一つとして提案もしたけど、淺雄さんもいろいろ受け入れた上で最終的には今回もこの形で上映することになった。僕もそれでいいと思う。だってあらゆる映画は社会と常に緊張関係にあるものだから。

淺雄:栄美はセクシュアリティに関する悩みに無知ではないからこそ、自分にとっての正しさをもって西原に近づこうとするけど、そういった栄美の気持ちそのものが西原を傷つけてしまう結果になる。理解が進みつつあった2019年の段階でも、こういう過ちは少なからず身近にあるということを描きたいと思って入れたセリフで、その過ちに栄美自身が気づくきっかけのシーンでもあるんです。だからセリフを変えてしまうと、映画自体の見え方も変わってしまう。

小原:どの時代においても映画の記録は過去だからこそ、それを見ることで揺さぶられる現在進行形の今がある。これも人間社会における映画の存在価値の一つだと思う。

松崎:映画も作り終えた時には現状にそぐわないことになってくる場合もあるけど、作ることには意義があるってことをちゃんと言っていくのは大事ですよね。

小原:完成までにいろんな苦労があったと思います。コロナ禍での撮影中断はどんなお気持ちでした?

 

淺雄:2019年の9月にドラマパートがクランクアップして、10月に家の解体シーンを撮る予定でしたが、台風で撮影が延期になり、そこからコロナ禍に入って自分の助監督の仕事も全部流れてしまいました。収入もない。外にも出れない。自分の映画も完成できない。いつしか映画に対する希望も失って。

 

映画って何のためにあるんだ?映画って無力なんじゃないか?そんな絶望的な気持ちになっていた頃、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんが、とある番組に出演されていて。コロナ禍で不要不急と言われていたエンタメについて、「無駄なものかもしれないけど、無駄なものがないと人間は生きていけない。生活に彩りを与えられるようなエンターテインメントをちゃんと作っていきたい」とおっしゃっていて。

 

そうだ自分も今まで映画に救われてきたじゃないか、と。思春期に生きるか死ぬかの苦しい時期があったんですけど、その時に映画を見て、そのおかげで今日まで生き延びて来られたってことを思い出したんです。それと同時に、やっぱりこの映画を誰か一人にでもいいから届けたいという気持ちが湧いてきて。もう一回頑張ろう、と編集を続けているうちに、運がいいことに家の解体シーンの撮影ができることになり、全て撮り終えることができました。

 

小原:自主映画だからこそ監督のこだわりを押し通せた部分があったと思うし、実際にその判断が作品の出来栄えを大きく分けた気がします。結果論だけど、予定通り家の解体シーンが撮れていたら、あの不意を突くようなインパクトは出なかったかも。びっくりしたんですよ。急に別の映画が始まったような驚きがあって(笑)。

あのシーンだけ撮影時期が大幅に違うから、それを同じ時間の流れの中に落とし込んだ時に生じる歪さみたいなものが、あのシーンをより面白く見せている気がする。

 

淺雄:ドラマパートの流れの中で撮ってたら、あそこまできっぱり撮っていなかったかもしれない。なんせ一年半空いていたし、その間絶望も挟んでいるので、「ぶっ壊したい」って気持ちもどっかに乗ってたかもしれない(笑)。

小原:時間は形あるものを変えたりするから残酷にも思えるけど、『ミューズ』は人と共にあるそんな時間を結果的には祝福するような目線でとらえている。

だからなのか、弁セレの上映後に上原さんが舞台挨拶に出てこられたんですけど、画面の中の朔子とはまた少し違った魅力の上原さんがそこにいて。撮影から公開まで少し時間が経っていることもあるんだけど、それ込みでこっちもめちゃハッピーな気持ちになれたんですよ。

 

松崎:淺雄監督にとってはコロナや台風、いろいろ苦難があって絶望もしたかもしれないけど、時間がかかった分、それが回りまわって作品に味方している気がする。

それは小原さんが言ったように自主映画だからこそのたまもので、締め切りのある商業映画ならこうは作れない。その輝きを監督本人が意図しなくても、観客が感じ取ってくれるというのが、映画の不思議なとこだなと思います。

 

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宮崎:淺雄さんが映画に救われたという話をされましたが、TAMA NEW WAVEは新しい作家の登場を期待して来る観客がほとんどで、映画に救われたいと思って来る人はそう多くないはずです。

でも、『ミューズは溺れない』は誰かにとって「救われた」と思わせる特別な映画だと感じてます。ポレポレさんだったらそういう出会いがあるかもしれない。だから「劇場公開」は私も凄く期待しているし、自主映画にもこういうチャンスがあることが凄く嬉しい。

 

松崎:映画祭はどちらかというと新しいものを求めて見に来る人が多いけど、今はそういう段階じゃない。もっといろんな人がいろんな目的で見に来るわけだから、そこは弁セレの上映とも違ってくると思う。

 

小原:映画のどの部分が観客の感動を呼び覚ますのかまでは作り手側は計算しきれないし、そこが面白い。

『ミューズ』には特にそれが沢山ある気がする。なぜかといえば、コメントで松崎さんも書いているように、いろんなモチーフが重層的に積み重ねられているから。朔子は一つの歯車から舟を作り始めるけど、この映画もいろんなテーマやモチーフが重なったり、隣り合ったり、噛み合わさったりしていて、その部分に見る人の解釈を動かす歯車もある。

松崎:「高校生の青春映画」「自分のジェンダーに悩んでいる若い女の子の話」といった部分に興味を持って見てくれる人もいるだろうけど、例えば僕がパンフレットに書いた『ミューズは溺れない』の「ない」の部分に注目して、そのことの本意を推し量る観客もいると思うし、前知識なくご覧になった方もどこに注目して惹きつけられるのかは非常に興味があります。

 

小原:僕は川瀬陽太さん演じる父親が最後に水道水を飲むシーンが妙にグッときて。あの家はもうなくなるけど、その水道水が人間の喉を伝って残っていく記憶のかたちもあるだろうなって。劇中の父親にしたら喉が渇いたから飲んだだけなんだけど(笑)。でも状況設定とか、作品のテーマとか、いろんなものが複合的に混じり合うことで「そう見えてくる」のが映画の面白さ。

 

松崎:僕は部屋の中で抱きしめるシーン、あれ凄い。ホントにいい。

 

宮崎:何度見てもぐっときます。

 

松崎:あのシーンはいろんな描き方があったと思う。見つめ合うとか、何もしないっていうのもアリだし、声だけかけるっていうのもあったと思う。いろんな描き方があったはずだけど、あれ以上の選択はないと思う。

 

小原:この物語の語り口にもバシッとはまった演出でしたね。最初は朔子だけが海に落ちて水に濡れる。そこから描く側と描かれる側に分かれ、衝突やすれ違いが続くけど、後半あることがきっかけで今度は2人で一緒に夜の中に走っていく。あの雨のカーテンがよかった。今度は2人で一緒に濡れることで同じ世界に抱きしめられている感じが雨で示されている。

 

淺雄:裏話をすると、ロケ地の家は断水していたので水には苦労して(笑)。美術室のカーテンも無理を言って設置してもらって、雨降らしも、雨に濡れてのお芝居もそれはもう大変で・・・。すみずみまで汲み取っていただいて、キャストやスタッフの頑張りが報われています。

 

小原:(笑)それに、一見交わらない世界が実は結ばれているようなヴィジョンはこの映画全体に流れている気がします。

例えば朔子が学校からの帰り道でスッと遠くに視線を投げて、次のカットで映る家に帰っていくだけのなんてことのない日常のワンシーンにも、その門扉の向こうには緑が茂っていて、虫の音やら風の音やらいろんな世界が交響的に設計されていて、その向こうの玄関に入るとまた日常の一コマが始まって…というふうに、別々の世界が隣り合っている状態を、登場人物の関係性だけじゃなく、空間的にも作っていて面白い。

 

 

 

松崎:若い監督は半径数メートルのことしか描かないとよくいわれるし、この映画も実は半径数メートルのことしか描いていないんだけども、その半径数メートルの「縁(ふち)」を描けば今の社会が描けるということを証明している映画だと思う。だから2023年の今見てほしい。時間が経つと見え方や評価も変わってくると思うけど、「今」これを見てどう思うのかを皆さんに確かめていただきたいと思います。

宮崎:これが劇場公開されていろんな人に観てもらえるのが楽しみです。青春映画としてのくくりとしてもすごい傑作だと思っていて、ありがちな青春じゃなくて現在進行形の在り方なので、若い方にも見てほしい。創作という面でも映画の魅力が詰まった作品なので、そこの魅力も映画ファンの皆さんとも共有したいです。

淺雄:本当に嬉しいお言葉を沢山いただけて、この映画の「これから」に向けて背中を押していただいたと思います。いろいろ自信がないですと言っていた自分を殴りたいです(笑)。今日はありがとうございました。

(収録:2023年2月8日 ポレポレ東中野にて)

座談会参加メンバー

 

 

宮崎 洋平(みやざき ようへい)
1983年生まれ、東京都出身。大学ではドキュメンタリー映画制作を専攻。2008年から映画祭TAMA CINEMA FORUMを企画・運営するTAMA映画フォーラム実行委員会に参加。現在は同映画祭内で開催される、中・長編作品を対象とした若手作家コンペティションTAMA NEW WAVEのディレクターを担当。

 

松崎健夫(まつざき たけお)

映画評論家 1970年、兵庫県出身。東京芸藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ、映画の現場を経て執筆業に転向。『そえまつ映画館』、『米粒写経 談話室』などテレビ・ラジオ・配信番組に出演。『キネマ旬報』や劇場パンフレット等に多数寄稿、共著に『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)など。ゴールデン・グローブ賞の国際投票権を持ち、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺・弁慶映画祭審査員、デジタルハリウッド大学客員准教授などを務めている。

 

 

小原治(おはら おさむ)

1977年生まれ、三重県出身。ポレポレ東中野スタッフ。自主映画の映画祭では予備審査員を長年務め、様々な才能を発掘。作り手と共に劇場公開や上映会を企画し、数々の自主映画の傑作を世に送り出す。はじめての自主興行では宣伝のサポートも務める。2019年11月からはspace&cafeポレポレ坐で映画館の興行とは別の形で自主映画を上映していく企画「KANGEKI 間隙」を始める。自主映画ならではの風通しのいい表現方法を日々探求している。

 

淺雄望(あさお のぞみ)

1987年生まれ、広島県出身。関西大学・立教大学大学院で映画理論・映画制作を学ぶ。在学中に、映写技師のアルバイトをしながら映画づくりを開始。卒業後は助監督などとして映画やCM、TVドラマの現場に携わる。

初監督短編『怪獣失格』(2008)がCiNEDRIVE2009で上映。その他監督作品に『分裂』(2012)、『アイム・ヒア』(2019)、『躍りだすからだ』(2020)等がある。『ミューズは溺れない』(2021)が初長編となる。

協力:TAMA映画フォーラム実行委員会、田辺・弁慶映画祭

企画・構成・テキスト:小原治(ポレポレ東中野)

作成:淺雄望(カブフィルム)

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